今回はクイズでも始めてもみましょう。
昨年から話題になっていたJALの再建問題が、会社更生法を申請し、企業再生支援機構が3,000億円の融資枠を設定することで、政府主導で決着しそうだというニュース報道が流れましたが、
ここで質問です。
Q.この企業再生支援機構が設定する「融資枠」はコミットメントでしょうか、それともファシリティでしょうか?
回答の前に、ファシリティとコミットメントを歴史的背景から、その意味を明確にしてみましょう。Facilityは、与信枠、融資枠、また資金枠などと訳されており、日本の金融界でも昔からある概念です。定義としては、銀行やその他金融 機関が、ある特定の借入人に対してCredit Line(信用枠、与信限度額)を設定し、その金額や条件を借入人に書面ないしは口頭で表明することですが、銀行は必ずしもその枠内の金額を実際に 融資またはその他の与信行為を行う義務はありません。一方、Commitmentは、銀行が事前に設定したCredit Lineを借入人に通知すると同時に双方の署名・捺印のある契約書を交わし、通常は借入人が銀行に対してcommitment fee(コミットメント手数料)をアップフロントないしは期間割で払います。ファシリティとの決定的な違いは、そのコミットメント契約期間中は、借入人がどのような状況になったとしても(例えば、財務状況の急激な悪化や会社存続の危機)、その融資ないしは与信行為は実行しなくてはなりません。
これが、古典的かつ基本的なファシリティとコミットメントの定義ですが、日本には(手数料を取る)コミットメントという概念や取引はほとんどなく、外資系の銀行以外はほとんど行うことがなかったため、ファシリティとコミットメントは往々にして混同されて使われているのが実態です。そのため、commitmentにぴったりの訳語はなく、そのままコミットメントと表記することがほとんどです。あえて訳せば「融資実行保証」とか、「融資実行予約」とかなるでしょう。その最大の理由としては、日本の銀行は歴史的に、「有担原則(抵当権を設定したり、預金や有価証券などを担保にとって融資を行う)」があり、特にメインバンクの場合は、「根抵当」と呼ばれる、借入人の本社や工場の土地・建物などの不動産にまとめて第一抵当権を設定してその限度内で融資を行うことが従来のやり方でしたので、借入人としても、それに上乗せで、銀行にコミットメント手数料を払うなんてことはありえないことだったのです。70年代後半の外銀の進出や外為法の大幅改正を受け、無担保融資が日本でも飛躍的に拡大した後でも、このような古典的なコミットメントという与信形態は日本に浸透することはありませんでした。
ただし、外為取引における、為替先物予約は、外国為替約定書に則った相互コミットメントです。先物予約は一方が勝手に不履行にすることはできませんし、もし、事前解約の場合には、その時点での為替相場に応じた解約手数料がかかります。この場合、コミットメント費用は支払われていませんが、リスク料として、為替の価格にその分が含まれます。損害保険や生命保険を含む広い意味でのオプションの売り手(underwriterやseller)もコミットメントをしていると言えるでしょう。その場合にも保険料やプレミアム(premium)の中にリスク料が含まれています。
このように、日本では歴史的に曖昧に使われてきた 2 つの形態ですが、昨今は、海外から持ち込まれる、仕組み型(structured)ファンドには、このファシリティとコミットメントをはっきりと区別して定義し、組み込まれていることが多く、日本の銀行や投資家にも馴染みが出てきているようです。ただ、このような仕組み型ファンドの中では、コミットメント手数料が明確にされず、包括的にそのリスク料を組み込んでいるケースもあるようです。
では、このような歴史的かつ基本的な定義や慣習から考えると、冒頭の質問の回答はどのようになるでしょうか。
古典的な概念に基づいた場合には、答えは、ファシリティです。
ただし、このケースの場合は、国の主導であり、国交大臣が公に宣言しているものですので、法的には融資実行義務はないにしても、国民に対しての政治的・社会的・道義的義務は十分に付与されている点では、限りなくコミットメントに近いものとも言えるでしょう。 |